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【マンガ】暴言を吐く人について気付いたこと

こんにちは!竹内です。月曜日ですね。

今日のお昼は昨日作っておいたカレーを食べたんですが、日曜の元気なうちに仕込んでおくと、週の始まり月曜日一発目に食事の心配をしなくていい&一晩寝かせたあの旨さ!で最強だなと思いました。昨日の私ありがとう!!

さて、暴言を吐く人についてです。(カレーとのテンションの差!)

この漫画を描いたちょうど1年前、2019年の冬の頃、私はくたびれ果てていました。

当時はツイッターを活用し始めて2年ほど、お陰様でフォロワーさんも数万人になり、たくさんの方に作品を見ていただけるようになりました。自分が好きなものを一緒になって楽しんでくださる方がいるというのは、何より幸せなことでした。

しかしその中に、私が何を描いても「変だ」「おかしい」「こんなの間違っている」とコメントしてくる人が現れました。

私はイギリスの、特に戦後の文化に興味があって、自分で調べたり「へぇ~面白いなぁ~」と感じたりした発見を、イラストを付けてツイッターに掲載しています。

一方で私は、何の専門家でもありません。学問の世界の最前線で英国史を研究しているわけではなく、在英歴も決して長くはありません。ただの「イギリスがすごく好きな人」なのです。

この「自分はただの愛好家」という意識は常に私の中にあり、だからこそ、発信する情報にはいつも非常に注意しています。何かを紹介するときは、必ず自分よりも詳しい「権威」に聞いてみたり、資料は複数参照したりすると決めており、あいまいな情報や、受け手の知識量に左右される複雑すぎる内容は、SNSメディアでは発信しないようにしています。

だからこそ、作品を「おかしい」と言われることは、非常に恐ろしいことでした。

全てを完璧に表現することは出来なくても、なるべく誤った情報や、人を傷つけるようなものは、発信したくない。そう思っているからこそ「変だ」「間違っている」との声は私を苦しめました。

フォロワーさんが増えるということは、それだけで私自身がある種の「権威」になってしまうということです。すなわち、「これだけフォロワー居る人が言ってるんだから、本当だろ」と、私が紹介した物事をうのみにしてしまう人が増えるということです。ツイッターと言う限られた範囲とはいえ、自身の発言力が増していくにしたがって、私はより神経質になり、間違った物事を発信してしまうことへ強い恐怖心を抱いていました。

そんな私のもとに、「変だ」「おかしい」の声が届きます。

何を描いても否定されるという状況が続いていたため、もはやペンを持っただけで「また何か言われるかも」との気持ちが頭をよぎり、絵を描くこと自体が苦痛になっていました。

「そんなに辛いなら、SNSを離れればいいじゃないか」との考えもあるでしょう。ただ、私のような零細作家は、発信を止めれば仕事がなくなります。「描くのが怖いけれど、なにか描かなければならない」という追い詰められた心理状態で、うめきながら机に向かう日々が続いていました。

そんな中必死で描き上げたイラストに、また「おかしい」とのコメントが付いてきます。

私は、私が描いたものがおかしいのであれば、何がおかしいのか知りたかった。間違った情報を流してしまっているのであれば、それを訂正して、正しいことを学びたかった。その一心で、いつも「変だ」とコメントしてくる人に対して「私の作品は、どこが変なのですか。誤っている箇所があれば、指摘してほしいです。」と尋ねました。

回答は、「私は今までこんなの見たことない。変。」というものでした。

力が抜けました。「自分が見たことないものは全て変で、間違っている」というのは、暴論です。

私が描いてたものは誤りでも間違いでもなかったのです。(そもそも私は基本的に「ファッション」や「グルメ」など、ある程度定義が柔軟になされているものを中心に情報発信をしています。年号などは間違っていれば「絶対違う」と言えるけど、そう言い切れないものを、あくまで「私の感想」という形で表現しているつもりなのです。)

この回答を聞いて、私は「ほげえぇ~まじかよ…この人文句言ってるだけで、理由とか根拠とかないのかよ…!」ということを理解しました。

追い詰められていた私は、手掛かり欲しさにこの人のツイッタープロフィールを覗きに行ったのですが、その人自身が私と同じく、戦後英国文化が大好きなんだということを知りました。

これを見て私は、「私の作品は悪くない」と言うことを確信したのです。

ちょっと傲慢に聞こえるかもしれませんが、この人はきっと、私のことが妬ましかったのだろうと感じたのです。すなわち「キーッッ、私の方がずっと前からこの分野が好きでず~っと詳しいのに、ポッと出の漫画家がバズって人気になりやがって、クソムカつく!文句言ったれ!」という感じです。この人は、私以外にも同じ分野のファンの人に、文句を言いまくっているということも分かりました。

そんなわけで、この方にとって私の作品は中身を問わず全部「間違っている」「変なもの」だったのです。要は、「イチャモン」ですね。だから必死に参考文献を紹介しても、表現の意味を説明しても、全く理解を示されなかったんだなぁ。

その後私は、この方の発言を気に病むことを辞めました。誠実に説明対応するのを辞めて、ブロックもさせていただきました。

その後もバズると必ず「漫画家風情が、何もわかってねぇ」とか「絵がキモい」などの暴言に出会いますが、その発言を分解してみると「中身がない」または「好みに合わないものを悪だとして、非難している」「自身の知識をひけらかしたいがために、私が描いた主旨とは異なる部分にケチを付けて、自身の優位性を示そうとしている」など、要は「それはお話になりませんわ」という内容がほとんどだと理解できるようになりました。

こういったわけで、暴言と言うのはオンライン・オフラインを問わず大抵「マジで無意味」なので、苦しんでいる方は自分が悪いなんて思わず、気にせずスルーしよ…なんてサラッというつもりは毛頭ありません。

意地悪言われると、本当に苦しいよね。こんな人たちのために、数分でも数秒でも何も悪くない人たちがげっそりしなければいけないのは、とても悔しい。スルーできるわけがない。

私はたまたま、漫画家という仕事を通じて「暴言って無意味」との発見をしたのですが、実際に文句を言われまくっているときは悲しく苦しくて、言われた言葉が頭を離れなくて、絵が描けなくなっていました。汚い言葉や誹謗中傷に苦しんでいる真っ最中の人が、冷静に現状を分解することは不可能じゃないかなぁと感じます。

今となっては、こんな風に感情に流されずに状況を分析していくのって、なんだかシャーロック・ホームズみたいだな(ムフ♡)とか思うんですが、ホームズはめちゃくちゃワトソンに依存してるしね。ホームズだって実際は感情も生活習慣も乱れまくりなんだし、一人で生活しながら割り切っていくのって、難しいよねぇ。感情を切り離して物事を考えるというのは、やっぱり非常に困難なことなのだと思います。

なので、今心無い言葉に苦しんでいる人は、スルー出来ない自分を弱いとか、何とか変わらなきゃと思わなくていいと、私は思っています。苦しいことを考えない方向に、関わらない方向にもっていって、自分のことだけ大切にしてほしいです。

最近は私も「うるせぇお前ぶん殴るぞ」(失礼!)という気概を見せて、自衛のために理不尽な人と戦うことも必要かもって考えてるんですが、それはまた元気があるときでよいんだと思います。苦しい渦中にいるときは、自分を大切にしてください。そんな意地悪言ってくる人たちのために、大切な時間と心と脳みそを使うのは、非常にもったいないから、太陽に当たったり、ユルい動画でも見たりして、自分を励ますことだけに注力してほしいです。

この漫画にも物凄く反響があって、たくさんのご感想や、似たような苦しかった経験談が寄せられました。これに大きな反響があるというのは、すごく悲しいことだなと感じます。

【コミックエッセイの本が出ます!】

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イギリスが大好きな漫画家、竹内絢香です。ノート始めました! 英国、ファッション、映画、本、旅行など好きなものをたくさん紹介していきます。 ぜひ、覗いていってください^^
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